過度の一般化とは、たったひとつの出来事をもとに、それをほかのすべての出来事にも当てはめてしまうことです。これをしているとき、人は自分が正しいと強く確信しがちですが、その根拠となる材料はあまりにも少ないままです。だからこそ過度の一般化は、私たちの根っこにある信念や価値観にまで、大きな影響を与えてしまうことがあります。
よくある例
楽しみにしていた映画を観に、近所の映画館へ出かけたところを想像してみてください。ところが、いざ入ろうというところで、チケットを忘れてきたことに気づきます。しかもその映画は3Dメガネが必要でした。スタッフはあなたの話を信じてくれず、さらに悪いことに、対応にはずいぶん時間がかかります。あなたは焦り、いらだち、上映に間に合わないのではないかと不安になります。
結局、映画はすばらしかったし、トラブルもきちんと解決しました。それでもあなたは、こう口にするかもしれません。「あの映画館のスタッフは接客がなっていない」。
その言葉は100%本当のことのように感じられます。けれど実際には、その映画館は20年以上続いていて、何百万人ものお客さんが満足して帰っていったはずです。たまたまあなたのときにシステムの動きが遅かっただけかもしれませんし、受付にいた人がひどい一日を過ごしていて、いつもの朗らかさや手際を発揮できなかっただけかもしれません。
心と体への影響
過度の一般化はストレスを生み、自信をなくさせます。やる気の低下につながることもありますし、ネガティブな体験を実際より大きく重たく見せてしまうため、自分の可能性を狭めてしまうこともあります。
自分で立て直すには
「全部」「いつも」といった言葉を手がかりに、このくせに気づいてみてください。そして自分の考えに問いかけてみましょう。その言い方は本当に事実に沿っているだろうか。この考え方は、自分に悪い影響を与えていないだろうか、と。

